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千葉地方裁判所 昭和35年(行)15号 判決

原告 捧吉右衛門

被告 国 外五名

代理人 岡本元夫 外四名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

「一、原告及び被告千葉県知事との間において、同知事が別紙目録記載の各農地について自創法第三条の規定による買収処分をしていないことを確認する。

二、被告国は原告に対し別紙目録記載の各農地について、千葉地方法務局昭和二四年一二月二六日受付第五二三七号をもつてなした農林省名義の各所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

三、原告に対し、被告八木ヶ谷政吉は別紙目録記載(イ)の農地につき、被告小林一男は同(ロ)の農地につき、被告村山仁三郎は同(ハ)の農地につき、それぞれ千葉地方法務局昭和二五年八月一八日受付第四六九八号をもつて同被告等のためになされた各所有権取得登記の、又被告広瀬よしは同(ニ)の農地につき、同法務局昭和二五年三月七日受付第九八二号をもつて同被告のためになされた所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

四、訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決を求め、その請求原因として、

一、別紙目録記載の各農地は原告の所有なるところ、被告千葉県知事は右各農地を昭和二二年三月三一日を買収の時期として旧自創法第三条により買収したと称し、ついで被告国は右買収処分の有効になされたことを前提に、右各農地につき、千葉地方法務局昭和二四年一二月二六日受付第五二三七号をもつて、農林省名義に右買収処分による所有権取得登記を経由した。そしてその後更に旧自創法第一六条に基き国から右各農地のうち、別紙目録記載(イ)の農地は被告八木ヶ谷政吉に、(ロ)の農地は被告小林一男に、(ハ)の農地は被告村山仁三郎に、(ニ)の農地は被告広瀬よしにそれぞれ売渡され、右(イ)、(ロ)、(ハ)の各農地についてはいずれも千葉地方法務局昭和二五年八月一八日受付第四六九八号をもつて又(ニ)の農地については同法務局昭和二五年三月七日受付第九八二号をもつて、それぞれ前記売渡を受けた各被告等のために、右売渡による所有権取得登記がなされ現に右被告等がその登記名義人となつている。

二、しかしながら旧自創法第三条に基く農地の買収処分は地元農地委員会の樹立した買収計画に基いて都道府県知事が買収令書を作成し、之を被買収者に交付することによつてはじめて成立しかつ効力の生ずるものであるところ、被告千葉県知事は右買収処分をなしたと称する昭和二二年頃は勿論のこと、本訴の提起された昭和三五年一〇月当時まで、前記各農地の被買収者たる原告に対し右買収令書を交付したことはない。したがつて別紙目録記載の各農地に対する買収処分は未だ存在せず、右農地の所有権は依然として原告にあり、被告国及び同被告から売渡を受けた被告八木ヶ谷、同小林、同村山、同広瀬はいずれも右各農地の所有権を取得したことはないから、右各農地につき同被告等のためになされた前記各所有権の取得登記はいずれも実体関係を伴わない無効の登記である。

三、よつて原告は被告千葉県知事との間に別紙目録記載の農地に対する旧自創法第三条に基く買収処分の存在しないことの確認及び右各農地の所有権に基きその余の被告等に対し右各農地につき同被告等のためになされた前記各所有権の取得登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、更に被告等主張の買収処分がなされたとの主張に対し、

原告が被告等主張の如く昭和三六年二月一日被告千葉県知事より別紙目録記載の各農地に対する買収令書の交付を受けたことは認めるが、右買収令書による買収処分は次に述べる理由により無効である。

一、まず右買収処分は農地法施行法第二条第一項、旧自創法第九条、第一二条の規定の趣旨に違反した違法がある。すなわち、右農地法施行法第二条第一項、自創法第九条、第一二条の規定は、本件の如く買収の時期から一四年も経過した後において、買収令書を交付し昭和二二年に遡つて遡及的に所有権を失わしめるような買収処分をすること迄も許容しているとは解されない。

このことは現行農地法第一一条が都道府県知事は、農業委員会から同法第一〇条に基く買収の進達を受けたときは、遅滞なく買収令書を交付することを命じていることからも明らかであつて、右農地法の規定の趣旨は、農地法、旧自創法においても当然これを包含していると解すべきである。したがつて昭和三六年二月一日交付の買収令書による買収処分は右各規定に違反する瑕疵があり、右瑕疵は重大かつ明白な瑕疵であるから右買収処分は当然無効である。

二、又前記買収処分は憲法第二九条第一項、第三項の規定に違反し無効である。すなわち、

(1)  原告は昭和三六年二月一日、右買収令書の交付を受けるまでは別紙目録記載の各農地の所有権を有していたことは明らかであつて、右各農地の所有者としてこれを使用収益し得たものであるところ、一方右各農地は右買収令書に買収の時期とされている昭和二二年三月三一日以降右買収令書交付の日まで、被告八木ヶ谷、同小林、同村山、同広瀬がそれぞれこれを耕作していたものであるから、原告はその所有者として当然に右被告等から賃料、使用料等の請求をなし得たに拘らず、前記買収令書の交付により、前記昭和二二年三月三一日の買収の時期に遡つて右各農地の所有権を喪失する結果、原告は右各被告等に対する前記賃料、使用料その他一切の請求権を失うことになるが、被告国はこれに対する何等の補償もしない。

(2)  更に又右各農地合計六反四畝一〇歩に対する買収の対価は一八五二円とされているところ、右買収の対価は買収の時期である昭和二二年頃においても、当時の時価額に比し不当に低廉であるというべきであるが、更にそれから一四年も経過し、一般物価はもとより農地の価格も著しく高騰した今日においては、右買収の対価は著しく低廉であつて、右農地買収に対する正当な補償とはいい難い。

(3)  したがつて、前記昭和三六年二月一日交付の買収令書による買収処分は、原告に対する何等の補償もなしに原告の前記賃料等の請求権を奪い、又正当な補償もなしに別紙目録記載の農地に対する原告の所有権を失わせるものであるから、右買収処分は憲法第二九条第一項第三項に違反し無効である。

三、仮りに以上の主張が認められないとしても、前記買収令書には、その買収農地として、習志野市鷺沼町六丁目八〇九番畑一反一三歩、同町六丁目七九六番の一畑一反五〇〇歩同番の二畑一反二〇〇歩、同番の三畑二反六二七歩と記載されているところ、別紙目録記載の各農地は習志野市鷺沼町六丁目八〇九番畑一反一三歩の外、同町六丁目七九六番の一畑一反五畝歩(一反一五〇歩)、同番の二畑一反二畝歩(一反六〇歩)、同番の三畑二反六畝三七歩(二反二〇七歩)であつて、前記買収令書に記載されている買収農地の面積と、別紙目録記載の農地の面積とは著しく相違しており、結局右買収令書による買収処分は買収農地の特定を欠く違法があり、右違法は重大かつ明白な瑕疵であるから、右買収処分は当然無効である。

よつて右買収処分は以上いずれにしても当然無効というべきである。

次に被告八木ヶ谷、同村山、同広瀬は別紙目録記載の農地に対する買収処分が不存在又は無効であるとしても、時効により右各農地の所有権を取得したと主張するが、右各農地については、もともと右被告等と原告との間に小作契約は存在しなかつたから、右被告等は、右各農地の小作人として旧自創法に基く売渡を受ける資格がなかつたばかりでなく、原告は右被告等が右各農地の売渡を受けた後、数回被告等を訪れ右各農地の所有権は依然として原告にある旨主張してその返還を求めているから、右被告等は右各農地を占有するにつき善意無過失ではない。よつて右被告等は一〇年の取得時効を主張し得ず、未だ時効は完成していない。

以上の次第で別紙目録記載の各農地は依然として原告の所有であると述べ、

乙第一号証及び丙号各証の成立はすべてこれを認めた。

被告小林一男の訴訟代理人は、本案前の答弁として、「原告の被告小林一男に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、別紙目録記載(ロ)の農地は被告小林一男の母訴外小林トメに売渡されたものであるが、その売渡登記は誤つて被告小林一男の名義になされていたところ、その後右売渡登記は錯誤に基くものであるとして、千葉地方法務局昭和三六年四月三日受付第七六八九号をもつて抹消され、ついで同法務局同日受付第七六九〇号をもつて右小林トメに売渡登記がなされた。したがつて被告小林一男は現に前記農地の売渡による登記簿上の所有名義人ではないから、同被告に対し前記売渡登記の抹消登記手続を求める原告の本件訴は不適法であつて却下さるべきであると述べ、

被告国、同千葉県知事の指定代理人及び被告国を除くその余の被告五名の訴訟代理人は、本案につき、「原告の請求はいずれも棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、別紙目録記載の各農地がもと原告の所有であつたこと、右各農地につき、被告千葉県知事が原告主張の如く旧自創法第三条に基く買収処分をしたとして被告国が原告主張の如く農林省名義に右買収による所有権取得登記を経由したこと、その後旧自創法第一六条に基き、被告国から右各農地のうち、別紙目録記載(イ)の農地は被告八木ヶ谷政吉に同(ハ)の農地は被告村山仁三郎に、同(ニ)の農地は被告広瀬よしに各売渡されたこと及び別紙目録記載の各農地につき、原告主張の日に、その主張の如く被告八木ヶ谷、同小林、同村山、同広瀬のために売渡による所有権取得登記がなされ、被告八木ヶ谷、同村山、同広瀬が現に右各所有権取得登記を保有していること、右各農地に対する買収令書が本件訴の提起された当時迄に原告に交付されなかつたこと、以上の事実はいずれも認めるが、その余の事実は否認する、別紙目録記載(ロ)の農地は前記の如く被告小林一男に売渡されたものではなく、同被告の母小林トメに売渡されたものであつて、その後前記被告小林一男名義になされた売渡登記は抹消されて、小林トメ名義に右売渡による所有権取得登記がなされ、現に同人がその登記簿上の所有名義人であると述べ、更に、

別紙目録記載の各農地に対する買収処分は適法になされている。すなわち、もと別紙目録記載(イ)の農地は被告八木ヶ谷が、同(ロ)の農地は訴外小林トメが、同(ハ)の農地は被告村山仁三郎が、同(ニ)の農地は被告広瀬よしが、いずれもその所有者である原告から賃借して小作していたものであるところ、昭和二二年当時、原告の住所は土地台帳によれば東京都神田区松住町二番地となつており(登記簿は昭和二〇年七月戦災により焼失したまま、当時は未だ回復されていなかつた)原告は別紙目録記載の農地の所在地域内に住所を有しない所謂不在地主であつたところから、当時の訴外津田沼町農地委員会(現在は習志野市農業委員会)は自創法第三条第一項第一号に基き、昭和二二年三月一五日右各農地に対する買収計画を樹立し、同日公告して同月一六日から同月二五日迄関係書類を縦覧に供したが、異議申立、訴願もなかつたので、同月三一日訴外千葉県農地委員会の承認を受け、右買収計画は確定した。そこで被告千葉県知事は右買収の時期を昭和二二年三月三一日とする原告宛の買収令書を発行し、前記神田区松住町二番地の原告宛に右買収令書の交付手続をとり、これが交付されたものとの前提に立つてその後の売渡手続を完了したが、現在においては右買収令書が原告に交付された事実を確認できる書類もなく、かつ前記原告の住所地は昭和二〇年に戦災を受けていたこと等から、前記買収令書は原告に交付されなかつたと認められるので、被告千葉県知事は、その点を補正し、法律関係の安定を期する趣旨において、昭和三六年二月一日農地法施行法第二条第一項の規定に基き、昭和二二年三月三一日を買収の時期として右各農地に対する買収令書を再発行してこれを原告に交付した。よつて右各農地に対する買収処分は、右令書の交付により適法になされたものというべく、右買収処分の存在しないことを前提とする原告の主張は失当であると述べ、

なお、右昭和三六年二月一日交付の買収令書による買収処分が無効であるとの原告の主張に対し、

一、原告は、右買収処分は農地法施行法、旧自創法の規定に違反し無効であると主張するが、農地法施行法第二条第一項の規定は、結局一旦買収すべき土地として買収手続に着手し、旧自創法第六条第五項の規定による公告をした土地については、農地改革の目的達成のため買収手続を完了し、国が買収するという趣旨を定めたものであるから、右規定は買収計画公告後未だ買収令書の交付がなく買収手続が終つていない場合に適用があることは勿論、一度買収令書を交付し、買収手続を終了したものとして取り扱われたが、買収令書交付の点に瑕疵があり、買収の効果が発生しているとはみられない場合にも、なお右規定の適用があると解すべきである。しかして法律は別に規定による買収令書の交付の期限については何等規定していないから、被告千葉県知事が前述の如き事情の下に昭和三六年二月一日買収令書を再発行してこれを原告に交付したことは、まさに農地法施行法第二条第一項の趣旨に合致するものというべきであつて、原告主張の如く単に買収の時期から一四年も経過したという一事をもつて右買収処分の効力を否定することは許されないといわなければならない(最高裁昭和三四年(オ)第一二一六号、昭和三六年三月三日、第二小法廷判決参照)。

二、次に原告は右買収処分は憲法第二九条第一項、第三項に違反して無効であると主張するが、右買収令書の交付が前記の如く適法であると解すべきである以上、原告は買収の時期に遡つて別紙目録記載の各農地の所有権を有しないこととなり、したがつて又買収の時期以降被告八木ヶ谷等に対する賃料等の請求権も有しないことになるから、それは補償の対象になり得ないものである。このことは本件の如く農地法施行法第二条第一項によつて買収令書の再交付をした場合ばかりでなく、旧自創法によつて買収令書を交付した場合も同様であつて、右旧自創法による場合においても、通常買収の時期以後に買収令書の交付がなされていたが、右買収の時期以降買収令書交付までの間における旧所有者の小作人に対する賃料等の請求権の補償の如き問題は、すべて買収対価の補償の問題に還元され、独立の問題にならなかつたのである。よつて原告主張の如き補償の問題は生じようがないから、この点で憲法第二九条違反の問題の生ずる余地はない。

又原告は別紙目録記載の各農地に対する買収対価が著しく低廉であるとして右買収処分は憲法第二九条に違反すると主張するが、農地の被買収対価に不服があるときは、農地法施行法第二条第二項、旧自創法第一四条の規定によつて、別途対価増額の訴を提起する途が開かれているのであるから、右買収対価が不当であることを理由に直ちに前記買収処分が憲法に違反し無効であると主張することは許されない(最高裁昭和二六年九月一二日判決民集五巻一〇号五五三頁参照)。

三、次に昭和三六年二月一日交付の買収令書には、その買収土地の表示として、原告主張の如く、習志野市鷺沼町六丁目八〇九番畑一反一三歩、同町六丁目七九六番の一畑一反五〇〇歩、同番の二畑一反二〇〇歩、同番の三畑二反六二七歩と記載されていることは認めるが、右土地面積の表示は、それぞれ一反一三歩、一反五畝歩(一反一五〇歩)、一反二畝歩(一反六〇歩)、二反六畝二七歩(二反二〇七歩)の趣旨で表示したものであつて、原告主張の面積と異るものではなく、ただその表示方法が異なるにすぎない。しかして一般に買収令書に土地の面積を記載する場合には、むしろ右買収令書記載の如く表示するのが通常であるばかりでなく、右土地の所在地番と合わせて考えてみた場合に、右買収令書記載の土地が別紙目録記載の各農地を指すものであることは、一見明白であるから、右買収土地が不特定であるとの原告の主張は理由がない。

よつて右買収処分が無効であるとの原告の主張は理由がないと述べた。

次に被告八木ヶ谷政吉、同村山仁三郎、同広瀬よしの訴訟代理人は、更に別紙目録記載の各農地に対する買収処分が不存在又は無効であるとしても、被告八木ヶ谷は別紙目録記載(イ)の農地の、同村山は同(ハ)の農地の、同広瀬は同(ニ)の農地の各小作人であつて、旧自創法第一六条に基き右各農地の買受資格を有していたところ、

一、右被告八木ヶ谷は、前記(イ)の農地につき、被告千葉県知事から、その売渡の時期を昭和二二年三月三一日とする昭和二三年一〇月二日付発行の売渡通知書の交付をその頃受け、ついで昭和二三年一二月一七日右農地の売渡対価七六八円を支払い、以後所有の意思をもつて、平穏かつ公然、善意無過失に右農地を占有していたから、遅くとも昭和三三年一二月一七日には、一〇年の取得時効が完成して右農地の所有権を取得した。

二、又被告村山は前記(ハ)の農地につき、被告千葉県知事からその売渡の時期を昭和二二年三月三一日とする昭和二三年一二月二日付発行の売渡通知書の交付をその頃受け、ついで昭和二四年三月二二日、右農地の売渡対価四四三円五二銭を支払い、以後平穏かつ公然、善意無過失に右農地を占有していたから、遅くとも昭和三四年三月二二日には一〇年による取得時効が完成し、右農地の所有権を取得した。

三、次に被告広瀬は、前記(ニ)の農地につき、被告千葉県知事からその売渡の時期を昭和二二年三月三一日とする昭和二三年七月二日付発行の売渡通知書の交付をその頃受け、ついで昭和二三年九月一五日、その対価三〇〇円四八銭を支払い、以後所有の意思をもつて平穏かつ公然、善意無過失に右農地を占有していたから、遅くとも昭和三三年九月一五日には一〇年の取得時効が完成し、右農地の所有権を取得した。

三、次に被告広瀬は、前記(ニ)の農地につき、被告千葉県知事からその売渡の時期を昭和二二年三月三一日とする昭和二三年七月二日付発行の売渡通知書の交付をその頃受け、ついで昭和二三年九月一五日、その対価三〇〇円四八銭を支払い、以後所有の意思をもつて平穏かつ公然、善意無過失に右農地を占有していたから、遅くとも昭和三三年九月一五日には一〇年の取得時効が完成し、右農地の所有権を取得した。

よつて右各農地に対する所有権を有していることを前提に右被告等に所有権取得登記の抹消を求める原告の請求は失当であると述べた。

立証として、被告国、同千葉県知事指定代理人は乙第一号証を提出し、被告八木ヶ谷、同小林、同村山、同広瀬等の訴訟代理人は丙第一号証乃至第一〇号証を提出した。

理由

まず被告小林一男の本案前の主張について判断するに、同被告は原告主張の同被告名義になされた旧自創法第一六条の売渡による所有権取得登記は既に抹消され、同被告は現在その登記名義人ではないから、同被告に対し右登記の抹消を求める原告の本件訴は不適法であると主張するが、原告は被告小林一男が現にその登記名義人であるとして右登記の抹消登記手続を求めているから、右被告主張の如く右登記が既に抹消されて被告小林がその登記名義人でなくなつたか否かは、まさに本案の問題として審理し判断すべき事項であつて訴の適法要件の問題ではないというべく、したがつて右登記の抹消登記手続を求める原告の本件訴が不適法であるとの同被告の主張は失当である。

そこで次に原告の本案請求について判断するに、別紙目録記載の各農地がもと原告の所有であつたこと、右各農地につき、被告千葉県知事が昭和二二年三月三一日を買収の時期として旧自創法第三条に基き買収したとして、被告国が千葉地方法務局昭和三四年一二月二六日受付第五二三七号をもつて農林省名義に右買収処分による所有権取得登記を経由したこと、その後旧自創法第一六条に基き、被告国から右農地のうち、別紙目録記載(イ)の農地は被告八木ヶ谷政吉に、同(ハ)の農地は被告村山仁三郎に、同(ニ)の農地は被告広瀬よしにそれぞれ売渡されたこと、又右(イ)の農地については右被告八木ヶ谷政吉名義に、別紙目録記載(ロ)の農地については被告小林一男名義に、同(ハ)の農地については被告村山仁三郎名義に、それぞれ千葉地方法務局昭和二五年八月一八日受付第四六九八号をもつて、又(ニ)の農地については被告広瀬よし名義に同法務局昭和二五年三月七日受付第九八二号をもつて、それぞれ右売渡による所有権取得登記がなされ、被告八木ヶ谷、同村山、同広瀬が現にその登記名義人であること、以上の事実はいずれも当事者間に争いない。

ところで原告は右各農地に対する買収処分はなされたことがないと主張し、被告千葉県知事との間において右買収処分の不存在確認を、又その余の被告等に対し、右各農地の所有権が依然として原告にあることを前提に前記各登記の抹消登記手続を求めているところ、本件訴が提起された昭和三五年一〇月当時までに、昭和二二年三月三一日を買収の時期として右各農地を買収する旨の買収令書が原告に交付されなかつたことについては当事者間に争いない。しかしながらその後千葉県知事が農地法施行法第二条第一項に基き、昭和二二年三月三一日を買収の時期として右各農地を買収する旨の買収令書を発行して、これを本件訴の提起された後である昭和三六年二月一日原告に交付したことも当事者間に争いないから右令書の交付によつて右各農地に対する買収処分はなされたものというべく、したがつて被告千葉県知事との間において右各農地に対する買収処分の不存在確認を求める原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、又右買収処分の不存在を前提に右各農地の所有権が依然として原告にあるとの主張も失当である。

そこで次に右昭和三六年二月一日交付の買収令書による別紙目録記載の各農地に対する買収処分が原告主張の如く無効であるか否かについて判断する。

一、原告はまず、前記の如く買収の時期から一四年も経過した後に買収令書を交付して買収処分をすることは、農地法施行法第二条第一項、旧自創法第九条、第一二条の規定の趣旨に違反し無効であると主張するので、この点につき判断するに、旧訴外津田沼町農地委員会(現在の習志野市農業委員会)が、昭和二二年三月当時、別紙目録記載の各農地のうち、(イ)の農地は被告八木ヶ谷政吉が、同(ロ)の農地は訴外小林トメが、同(ハ)の農地は被告村山仁三郎が、同(ニ)の農地は被告広瀬よしが、それぞれその所有者である原告から賃借し小作していたものであつて、かつ原告は当時右各農地の所在地域内に住所を有しない所謂不在地主であると認め、昭和二二年三月一五日右各農地につき旧自創法第三条第一項第一号に基き買収計画を樹立し、同日公告して同月一六日から同月二五日迄関係書類を縦覧に供したが、異議申立、訴願もなかつたので、同月三一日訴外千葉県農地委員会の承認を受け、右買収計画は確定したこと、そこで被告千葉県知事はその頃右買収の時期を昭和二二年三月三一日とする原告宛の買収令書を発行し、当時の土地台帳上の原告の住所であつた東京都神田区松住町二番地の原告宛に右買収令書交付の手続をとつたこと、そして右買収令書は当時原告に交付されたものとしてその後の売渡手続がなされたが、その後右買収令書が現実に原告に交付されたことを認め得る書類等がなかつたので、被告千葉県知事は右令書交付の法律関係を安定させる趣旨で、前記認定の如く改めて昭和三六年二月一日、農地法施行法第二条第一項に基き、右各農地に対する買収令書を再発行してこれを原告に交付するに至つたこと、以上の被告等主張の各事実については、いずれも原告の明らかに争わないところであるから、すべてこれを自白したものとみなすべきところ、右事実関係からすれば、別紙目録記載の各農地は旧自創法第六条第五項による公告のあつた農地買収計画に係る農地であつて、かつ農地法施行の時(昭和二七年一〇月二一日)までに買収の効力を生じていなかつたものというべきである。しかして前記事実関係の下では、前記昭和三六年二月一日になされた買収令書の交付が、単に買収の時期より一四年経過した後になされたとの一事をもつて、他に特段の理由もなく右令書交付による買収処分の効力を否定し、さらにそれ以前になされた一連の手続の効力を否定せんとすることは相当でなく、却つて前記の如く農地法施行の日までに農地買収計画の樹立及び公告があつただけで買収の効力が生じていなかつた別紙目録記載の各農地につき、その後において右買収の要件たる事実状態に変動のあつたことが認められない本件においては、農地法施行法第二条第一項に基き買収令書を交付して右各農地を買収することができると解するのが旧自創法によつて一たん着手された自作農創設の手続を完遂せんとする右規定の立法趣旨に合致するものというべきである。よつて右買収処分は何等農地法施行法第二条第一項、旧自創法第九条、第一二条の規定に違反するものではないから、この点に関する原告の主張は失当である。

二、次に原告は前記買収処分により、原告がその買収の時期以降右買収令書交付までの間、被告八木ヶ谷等耕作者等に対して有していた別紙目録記載の各農地に対する賃料、使用料等の請求権を何等の補償もなく失うことになり、しかも右買収の対価は不当に低廉であるから、右買収処分は憲法第二九条第一項、第三項とに違反すると主張するので考えるに、さきに認定したように別紙目録記載の各農地は、すでに訴外旧津田沼町農地委員会が昭和二二年三月一五日買収計画を樹立し、公告したものであり、又その買収計画に定められた買収の時期が昭和二二年三月三一日であつたことは弁論の全趣旨によりこれを認め得るから、当時遅滞なく被告千葉県知事のとつた買収令書交付の手続に過誤がなければ、当時既に昭和二二年三月三一日を買収の時期として右各農地に対する買収の効力が発生していたものと推測されるところ、前記昭和三六年二月一日交付の買収令書による買収処分も、前述の如く右津田沼町農地委員会が昭和二二年三月一五日樹立した買収計画に基くものであるから、その買収の時期は右買収計画に定める昭和二二年三月三一日として買収令書を発するの外はなく、結局右農地はいずれにしても昭和二二年三月三一日を買収の時期として買収される運命にあつたもので、ただ被告千葉県知事側の手続上の過誤により、買収の効力発生が通常の場合に比し、著しく後れたに過ぎないものというべきである。しかもこれがために原告が通常の経過によつていち早く買収の効力が生じた場合に比べ、原告主張の前記買収農地に対する賃料使用料等に関する請求権につき、特に異常な損害を蒙つたものとは認められない。けだし、旧自創法第六条によつて定められた買収計画にもとづく農地の買収については、買収令書に記載された「買収の時期」(それが買収計画に定められた「買収の時期」と同じであることは旧自創法第九条第一、二項、第六条第五項によつて明らかである)に、当該農地の所有権を政府が取得し、その被買収者は右所有権を失うことになるから(旧自創法第一二条)、右買収の時期以後、当該農地の被買収者は、当然に右農地に対する賃料、使用料等一切の請求権を失うことになり、この点は買収令書交付の遅速によつて異るところはないからである。それ故に原告が右賃料、使用料等の請求権を失う点のみをとらえて、特に前記買収処分を通常一般の自創法による農地買収の場合と別異に考えなければならない理由はなく、又旧自創法自体が憲法第二九条に違反するものでないことは、既に最高裁判所の判決によつて明らかにされたところであるから(最高裁・昭和二八年一一月二五日判決・同年一二月二三日判決参照)、この点において前記買収処分が憲法第二九条に違反するものとはいえない。又買収対価の不当については、別に農地法施行法第二条第二項、旧自創法第一四条により、別訴をもつてその増額を請求し得ることを規定し、価格の是正につき保障しているから、右買収対価の不当をもつて直ちに前記買収処分が憲法第二九条に違反するものといい難い。よつて前記買収処分が憲法第二九条に違反して無効であるとの原告の主張は理由がない。

三、最後に原告は前記買収処分にかかる買収農地が特定していないと主張するので判断するに、昭和三六年二月一日交付の前記買収令書に、その買収農地として、「習志野市鷺沼町六丁目八〇九番畑一反一三歩、同町六丁目七九六番の一畑一反五〇〇歩、同番の二畑一反二〇〇歩、同番の三畑三反六二七歩」と記載されていることは当事者間に争いない。しかしながら成立に争いない乙第一号証の買収令書を別紙目録記載の各農地の地番及び面積に対比して読めば、右買収令書に「……鷺沼町六丁目七九六番の一畑一反五〇〇歩、同番の二畑一反二〇〇歩、同番の三畑一反六二七歩」と記載されている部分の土地表示は、その記載の形式自体に照らし、右七九六番の一の畑の面積は「一反歩」と「五〇〇歩」(合計八〇〇歩)であることを、又同番の二の畑の面積は「一反歩」と「二〇〇歩」(合計五〇〇歩)であることを、更に同番の三の畑の面積は「二反歩」と「六二七歩」(合計一二二七歩)であることを、それぞれ表示しているものではなく、むしろ右七九六番の一の畑は「一反五畝歩」であり、又同番の二の畑は「一反二畝歩」同番の三の畑は「二反六畝二七歩」であることを各表示しているものと読みとるのが普通一般であると認められるばかりでなく、前記買収処分は所謂一筆の農地の一部を買収するものではないから、右買収令書に記載されている買収農地の地番・地目及び面積と、別紙目録記載の各農地の地番・地目及び面積とを対比して考えれば、右買収令書に記載されている農地は別紙目録記載の各農地をさすものであつて、かつその全部を買収する趣旨であることは、原告には勿論のこと、何人にも疑を入れない程度に明白であるというべきであるから、右買収土地が特定していないとの原告の主張は失当である。

そうだとすれば、別紙目録記載の各農地に対する買収処分は昭和三六年二月一日交付の買収令書によつて適法有効になされたものというべく、原告はこれによつて右各農地に対する所有権を失つたものといわなければならない。

よつて被告千葉県知事との間において、右各農地に対する買収処分の不存在確認及び原告が現に右各農地に対する所有権を有していることを前提に、その余の被告等に対し請求の趣旨記載の各登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は、いずれも爾余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 猪俣幸一 後藤勇 辻忠男)

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